はらはらと花びらが散り落ちる。もう葉桜の季節になるのか、とぼんやり感慨に耽った。今はまだ過ごしやすい気候だけれど、蒸し暑い夏はすぐそこだ。夏は嫌いなんだよね。大嫌いな夏を乗り切るには、一日中空調の効いた部屋でだらだら過ごすに限る。
『・・・んなんだから白いしほせェんだよ。』
それでも日本男子か!と訳の判らない説教がすぐ隣りから聞こえてきた。うるさいなぁ。大体お前に日本男子を語られたくはない。だから、良いじゃない僕の勝手だ、と言うと“お前一人の身体じゃないんだからな”なんて誤解しそうな台詞を返される。お前は妊婦を気遣う愛妻家か!とツッコミ返してやりたい衝動に駆られた。
花びらは相変わらず頭上にひらひらと舞い落ち、それがお前の透けた身体を突っ切って地面にぽたりと落ちる。
『暑いの嫌いなんだよ。太らないし。そういう体質なの。』
『体質って言葉で正当化すんな。』
『えっ何のこと。』
『宿主・・・お前なぁ・・・。』
すっ呆けてみると、お前は何とも言えないまぬけな顔で僕を見やった。あ、その顔面白い。率直にそう言うと、思いっきり振りかざした拳が僕の身体をすり抜けた。多分殴ろうとしたんだろうけれど、そんなの無意味だよ。貫通してもダメージは0だ。
僕の身体を乗っ取ったオカルトな存在は、普段は意外と面白い奴だったりする。飽きない、というべきだろうか。こうして会話してみると案外楽しかったりするから、僕は意外と饒舌だ。ぱっと見は自分そっくりだけれど顔つきはまるで違う。背格好は全て同じ。なかなかにシュールな関係性だと思わないか。
『お前に拒否権はないの。』
続けて、僕の身体を好き勝手弄んでるんだからっ!なんて芝居がけて言うと、途端真っ赤な顔で慌てだした。
『誤解されるような事言うんじゃねェ!!』
意味が違う!と大仰に慌てだす顔がなんだか新鮮で、思わず噴出しそうになる。何それ。大体お前だって先刻誤解されそうな台詞を吐いたばかりじゃないか。自分の事になるとてんで無自覚なんだから、もう。
『あはは、ごめー・・・』
ん、と最後の一言を告げる直前に、突風が舞い降りた。本当に突然だった。びゅうう、と僕とお前の間を通り過ぎ、それは桜並木をも揺らす。
薄桃色の花びらが僕の頭上にはらはらと落ち、お前とは違って実体を持つ頭上には花弁が何枚か取り残された。お前はと言うと、花びらは其処に何も存在していないかの様に、変わらず無常にもすり抜けていく。
それがお前と僕の違いをはっきりと物語っていた。
お前はドッペルゲンガーだと。
『宿主、』
突然、だった。お前が幽霊みたいに実体が無い事も、理解しているのに。どんなにその手が僕を貫通しようと、どんなに花びらが通り過ぎていこうと、平気だったのに。
『宿主。』
比べてしまうと、駄目だった。自分の頭の上に降り積もった花びらが、お前には降り積もらないとあざ笑っていた。
君の腕が僕を貫通しても、僕にも実体が無いようなそんな気分だったんだ。
君の身体をすり抜けていく花びらが、自分にも同じように通り過ぎていたのかと錯覚するかの様に。
そんなこと或る筈なかったんだ、なんて今更かな。
『・・・泣くなよ・・・』
ぎゅぅ、と抱きしめてくれている筈なのに、感触はやはり無い。僕の身体も透明だから大丈夫だよと何時もなら思うのに、今だけは自分の体の輪郭をはっきりと感じ取ってしまう。思い込みは恐ろしいものだ。急激に知覚したドッペルゲンガーの存在が僕の涙腺を崩壊させた。僕が暑さにまいっているとき、お前はまるで熱なんて感じないんだろう。僕の身体を乗っ取って初めて夏の暑さを理解するのだ。
同時に感じることが出来ないなんて、それはとても皮肉だと思う。
先刻の風が嘘の様に風一つ無い桜並木の道で、1人ぽつんと突っ立って泣いているように周囲には見えるのだろう。
本当は、お前が此処で抱きしめてくれているというのに。
『暑いの、嫌いなんだ・・・。』
『ああ。』
『太らない、し。』
『ああ。』
『体質、だから。』
『ああ。』
『お前に、拒否権なんてないよ・・・。』
『・・・知ってる。』
ぎゅう、と相変わらず抱きしめてくれている筈のお前に、嗚咽を漏らしながら同じ台詞を繰り返した。
夏が来たら、また君との温度差を感じてどうしようもなくなる日がきっと来るよ。外に出たら嫌でも気付いてしまう、お前との距離が腹立たしいよ。ねぇだから、やっぱりずっと閉じこもろう。一日中部屋の中で外界と隔離されてしまえば、きっと大丈夫。
薄桃色の花々が葉桜になり、セミが鳴きだしたら、僕らは2人きりになればいい。
そうして境界線が曖昧になったら、溶けていこうね。
お前には、拒否権なんて存在しないんだから、僕の申し出を断るわけにはいかないんだ。
相変わらず零れ落ちる水滴を拭って、僕はそんな事を思った。
もうすぐ、夏が来る。
ばくばくは結婚して第三子おめでたくらいいってる。
と思ってるぐらい頭沸いてる。でも書く小説は全くそんなことはなく、たいがい甘くない。
でも甘いのもあるよ。
ほぼバク獏でたまに他。みたいな感じ。