9/2の宿主様の誕生日をもちましてバク獏100枚書けたのでサイト閉鎖しました。
二ヶ月弱ですがありがとうございました。
4号サイズのホールケーキを持ちドアノブに手をかけた。暦の上では今日は9月2日。世間一般的にはただの平日だけれど、16年前の今日僕は産まれたのだ。所謂誕生日、というやつだ。
お誕生日おめでとう、と口々に言われ、覚えていてくれたのかと単純に嬉しく思った。はい!と手渡されたプレゼントは、もっと嬉しかった。今まであいつの所為で友人らしい友人が出来た事が無かったからだ。僕の為に選んでくれた、という事実がプレゼントの内容よりも重要だった。ありがとう皆、と顔を綻ばせると、やだなぁ友達じゃない!と笑われる。あいつがいた頃には考えられなかった話だ。
『あいつ、かぁ・・・』
はた、と脳裏に浮かぶ男の顔に、先刻までの幸福感が急速に萎んでいくのが知覚できる。僕の身体を勝手に乗っ取っていた悪の化身のような男だ。残虐非道で情け容赦無い、最低な奴だった。お前など僕の中から消えてしまえとどれだけ願っただろう。どれだけ居なくなってしまえと祈っただろう。
けれど、僕の中からお前の存在が消えた時、どうしようもない喪失感に囚われたのも事実だった。
世界一憎らしかった存在がいつのまにか自分の拠り所になっていたのだから、なんて事は無い。
お前の身勝手さに惹かれ、そしてその自由奔放な生き様に憧れを抱いていたのだ。絆されていたのだ。それ処かきっと、愛おしさすら募らせてしまっていたのだから性質が悪い。馬鹿みたいな話なのだ。癒えない其処此処に残る傷跡も、台無しにされた人生も、お前の所為だったというのにね。
『あーもう、やめよう。せっかくの誕生日なのに・・・。』
はぁ、と溜息を吐き、巡らせていた思考を中断させた。どんなに僕がお前を振り返ったって、もう何処にも居ない。でていけと言える相手はもう居ない。これ以上考えていたらきっと視界は滲んでいるだろう。それこそ本当にせっかくの誕生日が台無しというものだ。
ぐるぐると不穏な事ばかり考えていた所為か、自宅の扉を前にして固まりかけていた自分を叱咤する。もう止めよう。此の扉を開けて荷物を置き、両親に電話でもかけて気を紛らわせれば良い。学校であんなに祝ってもらえたのだから、今日という日はとてつもなく幸福だったのだ。明日からまた変わらぬ日常が始まる。僕は一つ大人になり、そしてお前が居ない生活をこれからは生きていく。それでいいんだ。きっとそれが一番幸せに決まっている。
きっと・・・。
『久しぶりだなァ、宿主。』
半ば投げやりになりながらがちゃり、と扉を開けると、目の前に見慣れた顔が飛び込んできた。玄関に鏡なんて置いてたっけ、それとも夢でも見ているのかな、と馬鹿みたいな事を考える。突然視界に広がった信じられない光景に思考が定まらないのだ。目を見開き消えたはずの半身をまじまじと眺めている僕に、お前はまた口を開く。
『帰ってきてやったのに随分と不躾じゃねェの。』
『う、そ・・・。』
ごとり、と音がした。余りの驚きに持っていたケーキの箱を落としていたのだ。けれどもう、そんな事に構っている余裕はない。僕の思考はただひたすらにお前に向いているのだ。ああ、なんで、どうして、お前が此処に居るの。消え去ったんじゃなかったの。なんで、なんで、どうして。幻にしてはとてもリアルで現実的な声音が僕の体に浸透していく。夢にまで見た想い人が目の前に居る。自分勝手で欲望に忠実な悪魔のような男だ。僕はどんなにこいつが消えてしまえばと、どんなに居なくなってくれたらと、思っていたのだろう。それなのに、込み上げてくる何かがもうそんな事はどうだっていいんだと脳内を甘く痺れさせる。麻薬の様に蝕んでいく。きっと床に落ちてしまったケーキは見るも無残な姿になっているだろう。僕は今最高に間抜けな顔をしているのだろう。けれど、だって、ああ、やっぱり、どうだって良かった。
『嘘かどうか、試してやろうかァ・・・?』
そういったお前のす、と広げられた腕に駆け寄る方が、先だったから。
『ばかぁ・・・!』
言いたい事は沢山あって、けれど口をついて出てきた言葉はやっぱり何時もの憎まれ口で。お前の事が嫌いだったけれど、何時の間にか、と言わなければいけない台詞も全て無くしてしまっていた。
『おま、っ、が・・・いなっ・・・!』
呼吸困難に陥るかと思える程堰を切って溢れ出す涙に邪魔されて、上手く言葉も紡げない。自分でも呆れる程何を言っているか判らない。次から次へと止め処なく溢れる涙は乾くまで時間がかかるだろう。ぎゅう、と抱きしめられる感触に、夢じゃないのだと感じる自分の心の内をどうやって伝えたらいいのだろう。
『宿主。』
耳に心地よいお前の声が、僕をまたそうやって呼ぶから、どうしたらいいか判らないんだ。
『もう何処にも行かねェ。』
痛いと感じる程に背中に回る腕の力を強められて、思わずぐしゃぐしゃの顔で微笑んだ。まさかこんなサプライズが用意されているだなんて、今日だけは神様とやらを信じてみてもいいかな、とすら思う。
他人からすれば君が居ない人生の方が何十倍も幸せに思えたって、やっぱり僕は君が居ないと、駄目みたい。
ハッピーバースディ、なんて君らしくない台詞を腕の中で感じながら、これ以上ない至福に包まれる。
僕は今世界で一番幸せ者だね。
お前が傍に居てくれるから。
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背中越しに感じる体温は思い込みだ。君に実体は無い。意識体の君の熱を感じるなんて馬鹿な事ある筈ない。
けれど背中合わせの君の鼓動が今にも聞こえてきそうなんだ。
『宿主。』
『なぁに。』
とくんとくんと一定のリズムを刻む心臓の音は僕のものだろうか、それとも君のものなのか。合わせた背中が溶け合って境界線が無くなる感覚に陥って、どちらのものなのか判別がつかない。そもそも僕達は得てして一つであるべきなのだから、間違ってもいないのだろうけれど。
ああ、それでも、この空気は僕のねじを一つずつ緩めていく。外れていく。
焦がれるように、君に蕩けてしまうんだ。
『宿主。』
『なぁに?』
其の声で、其の口調で、君に呼ばれる度に背中越しの温度はどんどんと上がっていくようだ。此処は心の部屋の中ではないのだ。それなのに、身体はどんどんと君の熱に蕩かされていく。溶けてしまう。
背中合わせの体制では君の顔が見えないけれど、きっと君も僕と同じ顔をしている筈だから。
『・・・なんでもねェ。』
ばつが悪そうに囁いた声が、とても、柔らかい筈だから。
『うん、知ってる。』
ふふ、と笑って背中越しのお前の鼓動に身を委ねる。
やっぱりあったかいなぁ、なんて思いながら、心地よさに目を細めた。
それはとても幸せな、ゆるりと流れる情景だった。
季節は秋に向かう処だった。晩夏の夜は幾分か過ごしやすく、窓辺から入り込む夜風が心地良く髪を撫ぜた。
『ねェ、キスってした事ある?』
明日は晴れるだろうか、等とりとめもない事を考えていたバクラの耳に唐突に驚く様な台詞が流れ込み、彼は思わず声の主を凝視した。前後関係も何もない了の言葉に聞き間違えかと我が耳を疑ったからだ。
『何言って・・・』
『だから、キス。僕、した事ないんだよね。』
驚くバクラに更に追い討ちをかけるかの様に了は言葉を続けた。誰が見ても判る程に動揺している姿は、とてもじゃないが世界を滅ぼそうと企む悪役には見えない。了としてはふと思い付いた言葉を発しただけだったのだが、これは案外功を奏しているのかもしれない、と思った。普段自信満々の傍若無人なバクラを慌てふためかせる等、なかなか出来た事では無かったからだ。
『・・・キスしてみたいなー。』
ずい、と顔を近付けて了は上目遣いにバクラを見つめ、熱っぽく囁いた。からかい半分の台詞に揺れる深い紫色の瞳が、彼の戸惑いを如実に物語る。
『・・・心の部屋でか?』
『ううん、此処で。』
絞り出した様な声に笑いを堪え切れず、了は口許を緩く綻ばせながら即答した。
バクラは所謂意識体である。了と身体を共有している状態であり、現実の世界では触れる事はおろか他人の目に見える事もない。了の心の中の“心の部屋”でだけ、触れ合う事が出来るのだ。
『此処じゃ出来ねェだろーが。』
呆れた様に溜息を吐き、バクラはようやく落ち着いてきたのかしっかりと了の淡緑の瞳を見つめ返し、次いで仕返しとばかりに了の唇にゆっくりと近付いた。勿論実体を持たない唇が触れようと、何の感触も無い事位知っている。
ただそれでも、近過ぎる距離に触れた様な錯覚すら起こし、今度は了が戸惑い揺れる番だった。
『・・・本当にすると思わなかったんだけど・・・』
『・・・此処でっつったのはお前だろ。』
予想外の反応に、お互いがお互いに驚く。真似事の口付けがもたらす感情のざわめきは、思ったよりも大きかったらしい。
どうせ出来ないだろうと高を括っていた了の頬は心なしか紅潮し、そして了のその反応にバクラ自身もまた、顔が熱を帯びるのを自覚せずには居られなかった。
やっぱり心の部屋来いよ、と耳元で囁かれ、了は更に染まる頬を知覚しながら、ゆっくりと頷いた。
君が居た事実を残らず消したい。
跡形も無く消したい。
何も残らないように、全て葬り去らしてほしい。
だってそうしなきゃ惨めだもの。
『お前は何時居なくなるの。』
『何時消えるの。』
『何時になったら僕を置いていくの。』
何時、ねえ何時になったら。
何度も何度もそう尋ねては、君を困らせる愚かな僕。
けれどだって、きっと居なくなるんだもの、君は。
『居なくならねェよ。』
『ずっと居る。』
『置いてく訳ない。』
都合の良い言葉を並べて、都合よく抱きしめて、それで騙せるはずが無いというのにね。
お前が居なくなったらそのときは僕の中から全て消して。
残らず消して。
そうじゃなきゃ、惨めすぎるから。
この首筋に噛み付かれ、腕をきつく縛り上げられ、
痛みに歪む顔に、蔑みの視線を送られたい。
被虐思考の愚かな自分の欲望をどうか叶えて欲しいのだ。
際限なく沸き上がり続ける願望はけれど、全てぶつける事無く朽ちていく。
『お前もそう思うでしょ。』
触れる事の出来ないお前にそう囁いた。鏡越しに見るお前の顔は何時もより心なしか頼りない。鏡一枚隔てた向こう側でお前は何を思うのだろうか。
『ねェ、触ってよ。』
酷くされたいという願いは緩慢な自殺願望だったのかもしれないが、お前に殺されたいと思うのならそれは他殺願望なのだ。お前と僕は同じでは無い別個の人間なのである。そう思うからこそ僕は鏡の中のお前に語り続ける。
『何時もみたいに。』
つつ、と鏡の表面をなぞってみると、当然のことながら無機物のするするとした感触だけが指に残った。お前はもっと熱っぽくて、そして生きていると感じる事が出来た。人間では無いと言われ、けれど触り心地だけは間違いなく人間だったお前は、此処にはもう居ない。
鏡に映る自分自身の虚像にお前の幻影を見ているだけに過ぎないのだから。
『泣かないでよ。』
自虐的に笑って呟いた声は、鏡の中のお前に向かってなのか、自分自身に対してだったのか。
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37
性別:
女性
誕生日:
1987/05/02
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Coccoだいすき愛してる。
ばくばくは結婚して第三子おめでたくらいいってる。
と思ってるぐらい頭沸いてる。でも書く小説は全くそんなことはなく、たいがい甘くない。
でも甘いのもあるよ。
ほぼバク獏でたまに他。みたいな感じ。
ばくばくは結婚して第三子おめでたくらいいってる。
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