暗黙情事

たいしたことないけどちょっとだけアングラなのでワンクッション。

ぎしぎしとスプリングの軋む音を何故か他人事の様に感じていた。荒い呼吸も熱っぽい視線も確かに存在している筈なのに、どうしてか霞がかっている様だ。何故なのだろう。
『あ、あ、あ』
けれど無意識にでも断続的に紡がれる声が気持ち悪い。これが僕の声なのか、とまたもや他人事。何故かどんなに揺さぶられても意識だけは此処に居ない。浮遊して、意識だけが此処に居ないのだ。頭上から交わる2人を冷めた目で見つめている様な奇妙な感覚に、自分が一体どうしたのだろうかとふと不安の波に襲われる。快楽の波にさらわれている筈の身体はそちらの波に飲み込まれていく。ああ、本当にどうしたのだろうか。
『ん、んぁ』
やはり意識とは裏腹に口をつく甘い吐息に、お前は満足気な顔で笑う。気付いていないのかな。どんなに繋がったまま揺さぶられようとも、頭の中は驚く程冷めたまんまだという事を。亢ぶる熱を感じながらも、心の中は氷のように冷えているということを。当事者ではなく出来の悪いAVを見て居るみたいだなぁ、とすら思うんだ。
不健全なアダルトビデオの出演者は僕とお前。
けれど何かが足りない喪失感に浮かぶ疑問符が、もしかしたらこの欠けたピースを見つければ説明もつくのかもしれないと促した。
『…んだァ？ぼーっとしてんじゃ、ねぇよ。』
怪訝そうな声に、は、と気付いて現実に引き戻される。ぼーっとしていたね、なんて今更じゃない。組み敷かれた最初から心此処に非ず、だった。だから少しの非難も込めて、ようやく気付いてくれたのか、と見つめ返す。
その時だ。
最中に余計な事考えてんじゃねぇ、と殴られるかなと感じた時にふと心に浮かんだ感情に、背筋がぞわりと粟立った。殴られたらどうしよう、では無くて、殴ってくれ、と思ったのだ。期待と羨望が混じる馬鹿げた思想。何という事だろう。僕は待ち望んでいたんだ。欠けたピースがかちりと頭の中で当てはまる。他人事のように感じたのも、出来の悪いアダルトビデオを見て居るみたいな感覚だったのも、全部そのせいだ。判ってしまった。判ってしまったのだ。
ねぇ、全部判っちゃったよ、バクラ。




『…どうしたンだよ…宿主…』
なのに僕の心と裏腹にす、と髪の毛に触れると、優しい手つきで髪を梳く。
なんで、今この瞬間に優しくするの。優しくして、だなんて頼んでもいないのに。好き勝手暴れ回って気に入らなかったら暴力を奮って、蹂躙するのが君なんじゃないの。情事に及ぶその時だけ優しい、だなんて詐欺じゃないか。




僕のこの壊れた思想を理解してくれなくても構わない。君は何時もの様に暴力を奮ってくれさえすればいいのだ。嫌だ嫌だと思っていた君からの暴力を、いつのまにか待ち望む様になっていた愚かな自分。
さあ早く、優しくなんてしないで僕をもっと痛めつけて。